画用液と絵具の乾燥

画用液・絵具の乾燥

画用液について

絵具には紫外線や湿度やガスに弱いものや塗りたての時は鮮やかだったのに、いつしか油絵具特有のみずみずしい輝きを失って、マットになってしまうものもあります。そんな絵具には「ワニス」をかけて、その塗膜で湿度やガスを遮るとともに、その鮮度を長く保ってやる必要があります。ワニスにはその用途によって、次の3種類のものがあります。

1.タブロー

樹脂(天然・合成)を揮発性油に溶解して作られたものです。完成した画面に光沢を与え、塗膜で湿度や紫外線やガスを防ぐために使われます。タブローはその成分が強い浸透性をもったワニスなので、未乾燥の絵具や、なま乾きの絵具の上にはかけられません。絵の表面だけ見て、だいたい乾いたろう位の見当でタブローを使用すると、画面がシワだらけになってしまう恐れがあります。描き終えてから少なくとも半年くらい経ってから使うようにしてください。

2.パンドル

溶き油として使われるワニスです。これを用いますと絵具の光沢や透明性を増し、コクのあるマチエール効果が生まれてきます。また、タブロー同様、塗膜で耐候性・耐湿性を高めることができます。

3.ルツーセ

乾いた絵に補筆修正を加える時に使うワニスです。部分的にツヤを失って画面の調子を取り戻したい時に使用します。

※雨天あるいは湿気の多い日に用いますと、皮膜が白くなってしまうことがあります。念のため、ガラス板などに塗ってテストをした上、ご使用願います。また、絵具の表面に薄い膜が張ったばかりのなま乾きのところにルツーセをかけますと、画面が侵されることがありますから、良く乾いてから塗布してください。

絵具の乾燥について

油絵具はどのようにして乾くか

油絵具は絵具をチューブから絞り出し、絵を描いている間は流動的ですから制作を続けられますが、重ね塗りしたい時や、絵が完成した後は絵具が乾いてくれなくては困ります。これは、洗濯物のように水分が蒸発して乾くのと違って、油そのものが空気中から酸素を吸いこんでだんだん粘り気を増し、固形体となるもので、指で触っても絵具がつかなくなります。
絵具がどういう具合で乾いていくか、そのあらましをいいますと、メディウムである乾性植物油はグリセリンと脂肪酸からなっているものですが、その脂肪酸には飽和脂肪酸(炭素の鎖につく水素が十分ついているもの―常温で個体のステアリン酸、バルミチン酸)と不飽和脂肪酸(炭素の鎖につく水素が不十分についているもの―オレイン酸、リノール酸、リノレン酸)があります。後者の不飽和脂肪酸は水素を食べ足りていないので、その代わりに空気中より酸素を取って太ろうとするのです。この太ることが、つまり「酸化重合」です。
   また、酸素を吸収した油の分子はお互いに結合しあってから、更に連鎖的に反応を続け、最後に立体的構造のものに成長します。こういう状態になった絵具でこそ完全に乾いたものといえます。

油絵具の乾燥時間

絵具が塗られてから、その流動性を失い、固形体になるまでの時間を乾燥時間といいますが、乾燥の過程には次のようにいくつかの段階があります。

乾燥段階 乾燥状態
1.未乾燥
(準備期間)
絵具がチューブから出され、キャンバスに塗られてはじめて空気に接触、これから酸素の吸収が始まり、乾燥に向かう準備期間。
2.粘着乾燥
(ナマ乾き)
絵具の表面を指で触ると粘着性を感じ、絵具がつくかつかないかの程度、絵具がつかなくともヒンヤリとした抵抗を感じる。
3.表面乾燥
(ウワ乾き)
絵具の表面に薄い膜がはって、指で軽くなでた時、抵抗を感じないで指がすべる状態。表面だけが乾いて、中が乾いていない。
4.完全乾燥
(内部乾燥)
乾燥が内部まで進んで、指で押しても指紋が残らず、へこまない。絵具が厚塗りであると半年~一年たたないと完全乾燥とならない。

乾燥時間は絵具の厚さで異なる。

油絵具の乾燥時間は、塗った絵具の厚さで違います。キャンバスの織り目がはっきりわかるような薄く塗った絵具が1日(24時間)で乾く(表面乾燥)とすれば、織り目が隠れる程度の厚さでは、2~3日かかります。また、絵具を盛り上げた厚塗りの場合は6~7日かかります。

乾燥時間は顔料とメディウムで異なる

バーントアンバー、プルシャンブルー、ビリジャン、コバルトブルーは顔料にマンガン、鉄、クローム、コバルトなどの金属酸化物が含まれているため、乾燥を早めます。つまり、顔料そのものが触媒作用をして乾燥剤の働きをするからです。また、ローズマダーやスカーレットレーキ、ランプブラックのような有機顔料、無機顔料でもウルトラマリン、ジンクホワイト、チタニウムホワイトなどの活性の弱い金属のものは乾きが遅いのです。むしろ油の乾燥を妨害する性質を持っている顔料もあります(通常このように非常に乾きの遅い絵具には乾燥剤を入れて乾きを助けています)。
   油絵具はメディウムとして、一般にリンシードオイルとポピーオイルが用いられていますが、リンシードオイルはリノレン酸という不飽和度の高い脂肪酸を多く含んでいますので、これで練った油絵具は乾きが早いのです。一方のポピーオイルはリノール酸という不飽和度は低いが、黄変しにくい良質の脂肪酸を多く含んでいますので、乾きはリンシードオイルよりいくぶん遅く、リンシードが60時間で乾くとすれば、ポピーは1.6倍の96時間を要します。

乾燥は大気環境に左右される

油絵具の温度の高低で乾きが大変違います。気温の高い夏期が一番早く、冬期は夏の2~3倍時間がかかります。次に湿度との関係はどうかといいますと、油絵は乾燥の事にかかわらず、すべて湿気は禁物です。そうかといって全然湿気がないのもいけません。つまり、適温・適湿の最良のコンディションにおく事が理想的です(気温20℃~30℃、湿度55%~60%が最適。季節では初夏5月、秋10月頃)。

シッカチーフの成分と働き

シッカチーフの乾燥剤にはコバルト、マンガン、鉛などの非常に酸化しやすい金属が用いられています。この金属を油に溶けやすくするために、有機酸の金属塩(ナフテン酸コバルトやオクチル酸マンガン等)を、植物油や鉱物油に溶かした物を使います。
シッカチーフを混ぜると、コバルトやマンガンが空気中の酸素を吸い込んで、これを絵具のメディウムに供給し、油の酸化重合のいわば手助けをするわけです。冬期、油絵具の乾きが遅い時や、制作を急ぐ場合に絵具に直接混ぜるか溶き油と混合して使います。

※シッカチーフの使い過ぎは害あって効なし。
確かにシッカチーフを使うと絵具は早く乾いて描画に便利ですが、その使い過ぎは禁物です。次のグラフに示されているように、自然に乾かす方は表面乾燥は遅いが、完全乾燥に向かって自然なカーブを描いています。しかし、シッカチーフを加えた方は酸素の吸収が急に行われて表面はすぐに乾くのですが、完全に中まで乾くには相当な期間を要します。ですから、早く乾いたと思ってもそれは上辺だけ、その上に色を重ねたり、ワニス類をかけたりしますと、思わぬ失敗を招きます。
   乾燥剤の使い過ぎの例として、よく見かけるのですが、パレットの油壺にシッカチーフを入れ、これを溶き油と混合して使っている人がいます。これは大変危険なことで、後日にいたってチリメンジワや剥離の原因となることがあります。

乾燥時間